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心の健康コーナー:第5話『上手なアルコールとの付き合いかた』(1999年7月掲載)
その1:「時間貧乏」とアルコール
昔、フランスへの留学経験を持つ医師から「時間貧乏」という言葉を聞いたことがあります。フランスでよく言われる言葉なのか、ご本人が発明した言葉なのか、確かめませんでしたが、現代人は物質的には恵まれた生活を送るようになったが、反面、多忙で高い緊張を強いられる毎日を過ごさざるを得なくなったことを皮肉った表現のようです。しゃれた言葉だなと印象に残りました。
アルコールと私たちの毎日の生活の関わりを考えるときにこの「時間貧乏」という言葉が役に立つように思います。というのは、余裕のない毎日を送らざるを得ない私たちにとってアルコールは最も身近でしかも有効な気分転換の手段であろうと考えるからです。
帰宅後の晩酌により、ひとときの酔心地を楽しみ、張りつめた気分をリラックスさせるのは、責任の重圧に耐えながら、心身の限界まで仕事をこなさざるを得ない人たちにとって、非常に有効な休養の手段とも言えましょう。日本人の成人男子の3分の1が毎日お酒を飲むと言われますが、管理職や経営者に限ってみると、約半分の人が毎日お酒を飲んでいるとされています。責任の重い立場の人ほどアルコールとのお付き合いが増える証拠と言えるのかもしれません。
しかし、一方、医学的にアルコールが体の健康によいというのは極く一部の例外を除いて幻想のようです。アルコールを体に入れるのは基本的には有害と考えたほうが現実的でしょう。両刃の剣としての性質を持つものと認識して、アルコールと上手に付き合っていきたいものです。
これからの数回はアルコールと安全に付き合うにはどうすればよいか、いわば「上手なアルコールとの付き合いかた」についてご一緒に考えていきたいと思います。
(1999年7月)
その4:晩酌は何合まで安全か
お話が段々現実的な少し寂しい話になってきましたが、毎日安全にどのくらいまで飲んでよいのか考えてみたいと思います。
初めにアルコールの換算式を覚えてください。
日本酒1合=ビール大瓶1本=ウィスキーダブル1杯=焼酎3分の2合です。ワインは日本酒と同じくらいです。
結論から申し上げます。安全に飲めるのは1日日本酒で2合までです。それを超えている方は、何とか2合まで減らす工夫をしてください。
アメリカのデータでは、1日平均飲酒量が日本酒換算3.5合以下では肝硬変の発生頻度は4パーセントであったのが、それを超すと37パーセントとなり、7合以上では59パーセントとはねあがることがわかっています。体格の小さな日本人では、もっと少量でも危険なことになります。
さらにアルコールで脳が侵されるときの量は、個人差はありますが3合位からとする学者が多いようです。私の診療上の経験からも納得できる数字です。経験上は5合以上を飲み続けた人では高率に脳や末梢神経が侵されるようです。脳が萎縮したり、手足のしびれ等が生じます。ひどい時には振戦せん妄といって禁断症状のために意識が濁ってしまい、幻覚(蟻が這っているのが見える等)や興奮を来したり、小脳という体のバランスをとるセンサーが壊れてまっすぐに歩けなくなったりします。
アルコール乱用によって痴呆が生じるとも考えられています。もう少しだけ紹介しますが、大酒の後で妙に汗をかいたり、二日酔いの時に手が震えるのは脳がアルコールで侵され始めた証拠の1つです。
私も嫌いではないので書いていて気が滅入ってきました。ここでやめさせていただきます。
(1999年12月)
その5:γ-GTPとは何か?
今回は健康診断の時によく話題になるγ-GTP(ガンマジーティーピー)のお話をします。これが高いとお医者さんに「少し控えた方がよいですね」と言われて、「はー」と返事をして頭をかきながら診察室を出てきた方も多いのではないでしょうか。
この検査項目は採血によりわかる肝機能の指標の1つです。この成分は肝臓に含まれる酵素のなかの1つで、胆管システムが詰まって胆汁の流れが止まったときや、肝臓癌の一種が出来たとき等に上昇するのですが、アルコールを飲んだときにもよく異常値がでるので有名です。アルコールや薬物が体に入ってくると肝臓で解毒されます。アルコールや薬物が繰り返して何度も体に入ってくると、体がこの「異常事態」に対応しようとしてそれらを分解する役目の酵素をどんどん作り出し、同時にγ-GTPも増えて、検査の値が上がっていく事になります。つまり、γ-GTPをみることによって、体がどの程度、無理をしてアルコールや薬物等の体にとっての「異物」を処理しようとしているかがわかることになります。
それではいくつまでが安心なのでしょうか。学者によっては30以上が正常である、30から50の間でも肝炎や肝硬変があることがあるという方もいらっしゃいますが、私は50以下なら大目に見てもらいたいと思います。50を越えると病気の可能性が増え、100以上では明らかに病気の状態にあると言えるようです。
他の原因が無く、アルコールのためだけに100を越えている方は残念ながら明らかに飲み過ぎです。何とか減らす努力が必要です。仕事も体も両方とも大事にしたいものです。ご自愛下さい。
(1999年1月)
その6:アル中と酒豪
飛行機事故で亡くなった有名な歌手の坂本九のヒット曲で1961年に流行った「上を向いて歩こう」という流行歌があります。当時、それこそ一世を風靡した曲と言えるでしょう。この曲を作ったのは中村八大(1931年1月20日から1992年6月10日)という作曲家です。
彼は早稲田大学を中退しプロとなり、1959年には永六輔とのコンビで作った「黒い花びら」が第1回日本レコード大賞を受賞したのでも有名です。「こんにちは赤ちゃん」も同じコンビの作品です。
しかし、彼の音楽史上に残る輝かしい経歴を知る人は多いのですが、一方、彼がアルコール症に取りつかれ、それから派生した糖尿病に悩まされ続けたことを知る人は少ないと思います。
それ以外にもまだ存命中なので名前を挙げるのははばかられますが、本因坊を獲得した高名な囲碁棋士もアルコール症として有名だそうです。最近癌にかかったことを公表した有名な漫画家もマスコミの情報からだけでも明らかにアルコール症と考えられます。
要するにアルコール症というのはどんなに優秀だろうが、社会的成功者であろうが、誰でもかかりうる病気だということです。
世間は社会的破綻を来した人をアル中と呼び、社会的成功者を酒豪と呼んで区別します。酒豪という呼び名は、アルコール症を持ちながらしかも社会的に成功した、優秀な人たちへの尊称なのかも知れません。しかし、いくら尊称をもらってもアルコール症としての生活は決して楽しいものではありません。
できれば、アルコール症とは無縁な形で社会的成功をも得たいものです。
最後に一句。「酒は飲みたし。命は惜しし。」
(1999年1月)