患者の皆様へ


patient

「うつ病の時代」に思う(2009年9月掲載)

2009年9月

最近は、うつ病の患者さんが多く発生し、どこの街の精神科クリニックもうつ病の患者さんでいっぱいだとよく聞きます。現在は「うつ病」という概念自体が学問的に混乱しているので、どのような病状を「うつ病」と呼ぶべきかは色々な意見があるようですが、それにしても、うつ病の人が増えてきたと思います。以前は、講演会などでうつ病の話をしても「初めて聞いた」という表情の方が多かったのですが、最近はフンフンとうなずきながら聞いている方もちらほら見かけます。講演の後の質問でも「うちの職場でもうつ病で休んでいる人がいるが」とか、「私はうつ病で○○医院にかかっているが」などの内容が増えてきたと思います。実際の診療をしている者の実感としては、やはりうつ病は増えてきたと感じます。

さて、うつ病が増えたとすると何故、増えたのでしょうか。答えるには難しい疑問ですが、私はその一因として社会情勢の変化も関係しているのではと疑っています。うつ病に何故なるのかについて誰もが納得する答えを出せる人は多分いないと思います。私自身は以下のように「想像」しています。その人本来の脳の性質、性格傾向(几帳面、生真面目、責任感が強いなど自分自身を酷使しやすい傾向)などが関与しているようですが、社会状況も大いに関係すると考えています。昔から、男性は昇進、配置転換など、女性では転居、自宅新築、子どもの結婚などがうつ病になりやすい状況であると指摘されています。一見、昇進、新築など喜ばしい状況での発病というのは奇異な印象を受けますが、私はこれらには共通の心理があると思います。それは「疲弊(ひへい 疲れはてること)」と「喪失(愛情を持っていた対象を失うこと)」です。いずれも疲れ切ってしまう程、忙しくなりやすい点は共通していると思います。また、転居、子どもの結婚などでは、今まで慣れ親しんでいた近所づきあいから切り離されたり、愛する子どもから心理的に距離をとらなければならないことになります。このように考えてみると、うつ病は「疲弊」と「喪失」のいずれか、あるいはその両方の条件が重なった時、起きやすいことが納得できるのではないでしょうか。

ここまでが、前置きです。長い前置きで失礼しました。ここから、本題に入りますが、現代の日本こそ、この「疲弊」と「喪失」の状況に当てはまるのではないでしょうか。残念ながら、輝かしい高度経済成長の記憶は遠くにかすんでしまい、中国に経済的に追い抜かれる日を待ちながら、一方、少子高齢化の深刻化と直面する。今まで以上の働きを常に要求され、それに答えることが出来ないと簡単に失業し社会的立場を失ってしまう。しかも、働きに対する報酬は年々目減りする。将来の日本のあるべき姿も見えてこない。このような状況はうつ病を生みやすい条件として丁度合っている。そのように思えてなりません。うつ病の患者さんと付き合いながら、漠然とこのようなことを考えている毎日です。

図:「うつ病の時代」に思う

ページトップへ戻る