患者の皆様へ
patient
療養生活と家庭の中の役割(2016年8月掲載)
今回は、ご両親などと同居しながら療養生活を送っている、精神科の患者さんへのアドバイスを書いてみたいと思います。
まだ病状が落ち着かなく、苦しさを我慢するだけで精一杯の方は、自宅で安静中心の生活をしていく、それは適切な考えでしょう。しかし、病状が落ち着き、苦しさは遠のいたが、外へ出て仕事をするまでは回復していない方に一言アドバイスをしたいと思います。
このような場合、自宅ではお母さんが頑張っていて、本人を一所懸命支えている、そういうご家庭が多い様です。お母さんが献身的で、家計を支えるために神経をすり減らして外で働き、仕事が終わると急いで自宅へ帰り、今度は炊事などの家事を夜遅くまでする、そういうご家庭が沢山あります。その時に本人はどうしているかというと、そのうち仕事をしたいという希望はありますが、自宅の居間でテレビを見ていたり、ゲームに熱中していたりする事があります。
このような状況の時に、私がいつもお勧めするのは「少し家事を手伝ってみましょう」という事です。少しでも療養している本人が家事を手伝う事が色々な面でプラスの効果があります。
一つは、お母さんの気持ちに張りが出る点です。お母さん達は何とか、我が子を回復させたいと必死になって頑張ってはいますが、疲れ切っている事が多いのが現状です。そのような状態の時に、我が子の病気が少し軽くなって家事を手伝ってくれるとお母さん達は勇気百倍になります。お母さんが明るくなると家の中全体が明るくなります。家族みんなにとってプラスになるわけです。
二つ目の理由は、本人の自信回復につながる事です。運悪く精神科の病気にかかり、説明が難しい苦しさに耐えながら療養生活を続けることは大変な事です。その上、家の外での立場が無くなり、自宅内でもお客様の立場しか無くなると、人間は誰でも自信を失うものです。人間は社会的動物ですから、生きていく上で社会と関わっているという実感が必要です。誰しも、「自分は世の中で不必要な人間かも」と考えると、生きる自信も失いがちとなります。その意味で、少なくとも家庭生活を維持する事に役立っているという感覚を持つことは本人の自信を少し回復させ、社会復帰へも役立つ体験となります。
三つ目は、家庭内の作業でも、本人の基礎体力や注意力、計画する力等を養う点があります。自宅でただ休んでいる状態から、いきなり、高い緊張下での複雑な仕事をこなす事は誰にとっても困難です。自分で融通のきく形で少しずつ家庭内の作業を行う事は、更に一歩進んだ就労に向かうための準備として有効です。
少し、病状が回復した患者さんにお勧めします。就労を目指す、それは社会人として当然の発想です。その気持ちは尊いものですから、今後も大事にして下さい。しかし、その前に、目の前にある家庭内の作業からまず始めましょう。それは様々な面で良い効果をもたらします。一日5分間、茶碗を洗う手伝いからでよいと思います。早速、始めてみましょう。明日からではなく、今晩の夕食からでも。